しゃるるの日記

2018年に亡くなった父の話、アルツハイマーの母との生活なんかを書いてみる。なんか気になったことなんかも。

野次馬

こんにちは

 

来年のお正月は、今年父が亡くなったので無い。

喪中。

少しは楽なお正月になるかも。おせち料理とか、今年は省略するから。

 

父が亡くなってから自分の考えが変わったかというと、微妙。

けどたまに、ああ、これは父が亡くなったからそう思えるようになったんだな、と自分で思うことがある。

 

さっき家の近くに救急車が来た。具体的にどこの家で呼んだのかまでは判らないけど近くまで来た。

我が家の近くには野次馬が一頭住んでいる。

近所で火事なんかがあると喜び勇んで家を飛び出し、現場へ確認しに行き、様子を伺っていかにすごいことだったかをご近所に振れ回るという、野次馬の見本のような人が居て私はいつもあきれていたのだが・・・

最近私はその行動に対して「ま、いいのかもしれない。そういうことが出来るってことは、とにかく健康な証拠だよ」と思うようになった。

「何でもかんでも健康だから出来るんだよ。身体が動けなくなったら何にも出来ない」という当たり前のことを目の前にしたらそう思えるようになった。

 

父は今年7月に亡くなったが、その3~4ヶ月前ごろから腹膜播種を患い、お腹と同時に足もむくみ始めた。本人も家族もいろいろと努力したのだけれど、なかなか良くならなかった。

最後の方は布団から起き上がるのも大変な状態だった。

だんだん体力が無くなっていく父を毎日見ていたからか、健康というものの尊さを改めて感じ、思ったことは、

ああ、人間、健康であればとりあえずは生きられる。

ということだった。

 

野次馬だろうがなんだろうが健康なんだよ、その野次馬は。

健康なんだからいいじゃないか、だって健康なんだもの。

一番尊いよ。

私は今ではその野次馬に、そのまま健康でいてくれ、とまで思うようになったのだから、父の死は私に何かを与えてくれたのだろうな。ま、親が死んで何も思わないという人も居ないと思うけど。(いや、居るかも)。